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2018年8月31日 (金)

SACD: 中村紘子(Hiroko Nakamura)「モーツァルト:ピアノ・ソナタ集(MOZART: Piano Sonatas K.310, K.331, K.576)」

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SACD: 中村紘子(Hiroko Nakamura)「モーツァルト:ピアノ・ソナタ集(MOZART: Piano Sonatas K.310, K.331, K.576)」
Avex Entertainment Inc. AVCL-25130 2006年
SACD/CDハイブリッド、ステレオ2チャンネル/サラウンド5.0チャンネル
2018年8月にヤフオク!で購入、2200円

懐かしさ ★★★
楽曲 ★★★★
演奏 ★★★★
録音 ★★★★★
購入満足度 ★★★★★

私は以前、モーツァルトの音楽は今ひとつ、面白くないと感じていた。バッハはいいし、ベートーベンもいいんだけど、モーツァルトの音楽は、本人が努力して生み出したというより、天から与えられた才能で作っただけで、努力や苦悩や深みや迫力に乏しいと思っていた。中学生の時だったか、音楽鑑賞をして感想文を書くという宿題があり、家のレコード棚にあったクラシック全集の中からモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」を選んだのだが、ソファーで爆睡してしまった。その後、それで書いたのか、別の曲を選んで聞き直したのかは記憶にないが、とにかく、ぐっすり眠ってしまったことだけは覚えている。

もちろん、眠ってしまう音楽は優れているのだということもできる。昔、Joe Zawinulがシンセのソロコンサートをした時に友人S君を誘い、彼はキーボード弾きではなかったためか、ぐっすりと眠っていた。私はチケット代を受け取っていたから、すまないことをしたかと思ったのだが、彼は、「いい音楽はよく眠れるなー」と言ってくれたので、返さずに済んだ。

閑話休題。モーツァルトに対する見方が大きく変わったのは、長岡京室内アンサンブルのデビュー作(SACD)を聴いた時である。アイネ・クライネ・ナハトムジークは、こんなに生き生きと輝く曲だったのか、と目を開かれた思いであった。そのディスクの記事はまだ書いていないが、いつか書こうとは思っている。

中村紘子のこのディスクは、モーツァルトのピアノ曲も、演奏と録音によっては、大変に楽しいものに仕上がることを教えてくれた。明るさ、迫力、スピード感、他の作曲者にはちょっとないような、独特な美しさがある。長岡京室内アンサンブルと中村が、モーツァルトのすばらしさを教えてくれた。

さて、モーツァルトの良さを教えてくれたのは、素晴らしい演奏かもしれないし、もしかしたら、素晴らしい音質かもしれない。

中村紘子のこのディスクの音はすごい。録音はベルリンのテルデックス・スタジオという録音専用のスタジオで行われたという。中村はディスクに添えた「モーツァルトの夢」という文章でこのスタジオについて、「基本的な要件が、録音の初日からほぼ完全に整っている」と評している。響きのどの部分がルームアコースティックで、どの部分がリバーブレーターなのかわからないが、サラウンドで再生していると、今まで聴いたピアノ録音の中で、一番に近いレベルだと思わせる。響きがまったくもって適切だ。やはり、ヨーロッパの人には、かなわないのかもしれない。

このディスクにおける中村紘子の演奏は、若い時ほどの鋭さはない。一方で、円熟や老練で聴かせるピアニストでもない。そういうわけで、この演奏が彼女のベストだとは思わない。でも、中村紘子をサラウンドで聴けるというのは、これまで私が知らなかった幸せな時間だと言える。

モーツァルトのころにはピアノという楽器はなかった。そのため、モーツァルトの曲を当時と同じ楽器で弾いてみようという試みがなされている。それでも、中村は、ピアノで弾くことを選んでいるし、その理由を、先ほどの「モーツァルトの夢」の中で記している。文章もうまい人であり、うん、そうだよね、と素直にうなづける。

最後のトラック9は、K.331の第三楽章であるが、「トルコ行進曲」として有名である。ピアノの発表会などでも耳にすることが多い。それを中村紘子が弾くとこうなるのか、という感動があった。

ピアノは、演奏者が自分で音程を上下させたり、揺らしたりすることができない楽器である。指でコントロールできるのは、発音、消音のタイミングと、鍵盤をどの速度で下ろすかだ。それ以外に足でペダルを使えるので、またちょっと違った操作が可能なのだが、やはり、最も重要なのはタイミングであろう。

中村紘子の演奏は、発音、消音のタイミングが絶妙だ。Aという音があったら、そこからAという音を消すまで、そして次のBという音を出すまでの時間を、演奏者は制御できる。その積み重ねでフレーズが、曲が、組曲が完成する。膨大な選択肢の積み重ねである。別の言い方をすれば、ピアノの演奏というのは、時間制御の芸術なのかもしれない。それを言うなら、音楽はすべてそうだけれども。

ピアノ曲を聴くのが好きで、サラウンド再生の環境があるのなら、ぜひ、というディスク。5.1ではないけれども、低域が出ないフロントLRでも、けっこうきれいに再生できる。2チャンネル再生だと、どうだろう。このディスクの完全な姿を聴いたことにはならないかもしれない。

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